大寺城跡は、中世石川氏の拠点的城郭として石川有光が承保元年(1074年)に築城したと伝わる城跡です。築城時は土地の名前と有光の前居城名をとって藤田鴫城と呼ばれていました。文安3年(1446年)光義が城主のとき、石川町中野から東福寺を移したのにちなんで大寺城と改められ、大寺氏を名乗るようになりました。
天正17年(1589年)伊達政宗軍来攻の際には所領争いの確執などから、須賀川の二階堂氏と組んで伊達氏と結んだ石川氏に対抗しようとしました。しかし、二階堂氏と共に破れ石川昭光の軍門に下ったため、戦国時代終末期まで使用された大寺城も没収され破壊されたと伝えられています。
現在は公園として整備され、高台にある城跡からは南須釜地区を一望することができます。